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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)13210号 判決 1983年2月25日

原告 西田重雄

右訴訟代理人弁護士 塚原英治

同 須網隆夫

被告 今野知二

被告 芝信用金庫

右代表者代表理事 渡辺八右衛門

右被告両名訴訟代理人弁護士 米津稜威雄

同 長嶋憲一

同 麥田浩一郎

同 若山正彦

同 佐貫葉子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告今野知二は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物について、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  被告芝信用金庫は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物について、

(一) 東京法務局大森出張所昭和五五年一月二三日受付第二二九七号根抵当権設定登記

(二) 同法務局同出張所昭和五五年一一月二〇日受付第四九二九五号根抵当権変更登記

の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、昭和四四年九月一七日当時、株式会社三井の所有であった。

2  昭和四四年九月一七日原告は、株式会社三井から本件土地を買い受けた。

3  しかし、登記については、原告名義とせず、原告の使用人であった秩父洋の名義で登記することとし、右同日秩父洋名義で所有権移転登記を経由した。

4  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、原告が本件土地上に昭和四四年一〇月ころから翌昭和四五年ころまでの間に建築したものである。建築工事を注文し、代金を支払ったのもすべて原告である。

5  しかし、本件建物について、昭和五四年一二月二〇日秩父洋名義の所有権保存登記がなされた。

6  本件土地、建物について、

(一) 昭和五六年三月一九日秩父洋から株式会社中央商工への所有権移転登記(原因昭和五六年三月九日売買)、次いで昭和五六年八月一九日株式会社中央商工から被告今野知二への所有権移転登記(原因昭和五六年八月四日売買)、

(二) 秩父洋を債務者、被告芝信用金庫を根抵当権者とする

(1) 東京法務局大森出張所昭和五五年一月二三日受付第二二九七号根抵当権設定登記

(2) 同昭和五五年一一月二〇日受付第四九二九五号根抵当権変更登記(以下右(1)、(2)をあわせて「本件根抵当権登記」という。)

がなされている。

7  よって原告は、本件土地、建物の所有権に基づき、被告今野に対し、真正なる登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続を、被告芝信用金庫に対し、本件根抵当権登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否(被告両名)

請求原因1の事実は認める。同2の事実は不知。同3の事実中原告主張の日に秩父洋名義で所有権移転登記がなされている事実は認め、その余の事実は不知。同4の事実は不知。同5及び6の各事実は認める。

三  抗弁(被告両名)

仮に本件土地建物が実質的には原告の所有であったとしても、次の理由により、被告らの所有権取得、抵当権設定は有効である。

不動産に真実の権利関係と異なる不実の登記がなされた場合、真正権利者が不実登記作出に自ら寄与し、又はその承認のもとに存続せしめたときは、その不実登記を信頼して利害関係を持つに至った善意の第三者の保護がはかられるのは、確立した判例である。

本件において、原告は、自らすすんで本件土地建物につき不実の登記を作り出した(しかも、土地については、一〇年以上も放置した。)のであるから、善意の第三者である被告らは、その権利取得を否定されるいわれはない。すなわち、被告芝信用金庫は、昭和五五年一月、秩父洋から融資の申込を受け、担当者宗優が充分調査し、本件土地建物についても登記簿謄本を徴求し、権利関係を確認したところ、本件土地については、秩父洋への所有権移転登記後問題なく一〇年以上経過しており、また本件建物についても、収入調査のため徴求した同人の昭和五三年度分青色申告書写に本件建物の賃借人島田清からの賃料収入が申告されていたこともあり、登記簿上の所有者である秩父洋の所有であることを疑う余地は全くなかったので、融資を実行し、本件根抵当権登記を経由したものである。被告今野は、本件土地建物を秩父洋から買受けた株式会社中央商工から昭和五六年八月さらに買受けたものであるが、登記上の権利関係を信じていたもので、原告と秩父洋間の事情など知る由もなかった。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、原告が自ら秩父洋名義の不実登記を作出したとの点につき、本件土地については認めるが、本件建物については否認する。原告は、昭和三〇年ころから大田区南六郷でガラス金型製造業を営み、秩父洋は、その従業員の一人であった。昭和四四年原告は、本件土地を買受け、同地上に本件建物を建築したが、将来営業を秩父洋に譲渡するつもりがあり、その際都合がよいと考えて、本件土地を秩父洋名義で所有権移転登記をし、本件建物の建築確認及び工場許可を秩父洋名義でとった。しかし、本件建物については、未登記のままにしておいた。原告は、本件建物完成後原因不明の病気で半年ほど入院し、仕事をすることができなくなったので、本件建物を島田清に賃貸し、従来の営業は秩父洋に後を任せ、昭和四六年八月から現住所である栃木県那須で療養生活に入った。その後、秩父洋は、昭和五四年一二月鈴木道雄から金員を借受けるに際し、本件土地建物に根抵当権設定を求められ、そのために、本件建物について原告の知らない間に秩父洋名義の所有権保存登記をしたものである。

抗弁事実中、被告らの善意の点は否認する。秩父洋は、被告芝信用金庫のために本件根抵当権を設定するに際し、本件土地建物が自己の所有ではなく、原告の所有であることを説明した。また秩父洋は、昭和五四年一二月ころ株式会社中央商工の代表者である鈴木道雄に対し、本件土地建物について鈴木道雄のために根抵当権を設定した際、本件土地建物が原告の所有であることを説明したので、その後間もなく株式会社中央商工から本件土地建物を買い受けた被告今野も右事実を認識していた。

また、仮に被告らが善意であったとしても、不実登記を信頼して利害関係を持つに至った第三者が保護を受けるためには、表見法理の原則から考えて、善意のみならず、無過失をも要すると解すべきところ、秩父洋は、本件土地について登記済権利証を有しておらず、昭和五五年一月九日受付の鈴木道雄の根抵当権設定登記及び昭和五六年三月一九日受付の株式会社中央商工への所有権移転登記は、いずれも保証書によりなされており、被告芝信用金庫が昭和五五年一月二一日に根抵当権設定契約をなした当時、存在したのは、わずか一二日前に作られた鈴木の根抵当権設定登記の登記済証のみであり、これをみれば、右根抵当権設定登記が保証書によりなされたことは明らかであったから金融機関である被告芝信用金庫としては、秩父洋の所有権について、さらに充分な調査をなすべきであったのに、これを怠った点に過失があった。本件建物についても、昭和四五年一〇月ころから島田清が賃借使用していたのであるから、島田清に問い合わせれば、原告の所有であることは明らかになった筈であるのに、これをしなかった点に過失があった。

さらに、善意の第三者について、一般的に無過失を要するとはいえないとしても、すくなくとも本件建物については、原告が認めた権利の外形は、建築確認と工場許可を秩父洋名義とすることのみであり、保存登記は、原告不知の間になされたものであるから、これについては、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らし、第三者は善意のみならず、無過失をも要すると解すべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、請求原因2ないし4の各事実を認めることができる(本件土地について、昭和四四年九月一七日秩父洋を所有者とする所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。)。

3  請求原因5及び6の各事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  本件土地について、秩父洋を所有者とする所有権移転登記を、原告が自らの意思に基づいてなしたことは当事者間に争いがない。本件建物についてみるに、《証拠省略》によると、本件建物は原告が建築後、未登記のまま約一〇年を経過したが、昭和五四年一二月二〇日秩父洋が鈴木道雄から金員を借受ける際、本件土地建物を共同担保に供するため、原告不知の間に秩父洋名義で所有権保存登記をしたものであるが、もともと原告は、昭和四四年に本件土地を買い受け、同地上に本件建物を建築した際、妻子もなく、病弱であったため、老後のことも考え、自らの経営していたガラス金型製造業を従業員であった秩父洋に譲り、その跡を継がせるつもりで本件土地を同人名義とし、本件建物についても、建築確認、工場許可を同人名義でとり、取引先にも同人を自らの跡継ぎとして紹介し、間もなく営業を同人に任せて自らは栃木県那須に移住したが、本件土地建物については、そのままに放置していたことが認められ、このことから考えると、原告は、本件建物についても、本件土地と同様に秩父洋所有名義とすることを容認していたものというべきであって、右保存登記は、原告の意思に反したものとは認められない。

2  次に被告らが登記の外観を信頼して取引関係に入った善意の第三者であるとの点について検討するに、《証拠省略》によれば、被告芝信用金庫が秩父洋との間で土地建物につき本件根抵当権を設定、変更し、被告今野が、秩父洋から本件土地建物を買受けた株式会社中央商工からさらにこれを買受けた際、被告らはいずれも本件土地建物が原告の所有であることを知らず、登記上の権利関係が事実に符合するものと信じていたことが認められる。《証拠判断省略》

3  以上の事実によれば、本件土地につき自らの意思で秩父洋名義の所有権移転登記を経由し、本件建物についても、秩父洋名義の所有権保存登記がなされることを容認したものと解される原告は、その登記を信頼して本件土地建物につき根抵当権を設定し、所有権を取得した善意の第三者である被告らに対し、民法九四条二項の法意に照らし、登記の不実を対抗し得ないというべきである。なお、原告は、このような場合、保護されるべき第三者は一般に善意であるのみならず無過失であることを要すると解すべきであり、すくなくとも本件建物の所有権保存登記は、原告が自らなしたものではないから、これについては、民法一一〇条の法意に照らし、無過失であることをも要すると解すべきところ、被告らには、過失があると主張するが、作出された権利の外観が真実の権利者の意思を越える場合は、民法九四条二項、一一〇条の法意に照らし、第三者について善意のみならず、無過失をも要するが、真実の権利者の意思の範囲を越えていない場合には、民法九四条二項の法意に照らし、善意であれば足りると解すべきところ、前記認定事実によれば、本件は、後者の場合にあたるというべきであるから、原告の主張は採用できない。また、仮に本件のような場合にも、無過失をも要すると解するとしても、原告が被告らの過失として主張する注意義務は、登記上の権利関係が真実に符合しないことについて疑問を抱かせるような具体的事情がある場合にはじめて要求される注意義務であるというべきところ、本件全証拠によっても、そのような事情を認め得ない本件にあっては、前記の結論を左右するものではない。

三  以上によれば、本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

<以下省略>

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